特別な許可を得て掲載です

     

今回は、写真撮影は事務局だけ言うことでカメラを持ち込みました。しかもSNS等のアップはダメと言うことでした。

ですが、特別に許可をいただいての掲載です。

天気は良かったのですが、モヤがかかっておりました。後方は、札幌方面です。

なお、平成23年9月20日お邪魔したときと頂上の様子が変わっており、集合写真をうまく撮れる状況ではなかったです。

 

次の画像が、平成23年9月20日に開催した第2回ノルディックinいわみざわでお邪魔したときの画像です。

この写真のカメラをもって映していただいてるところが改良されて無くなっておりました。

後方が樽前山の方向です。

それは無理でしょう

     

昨日の第45回ノルディイクinいわみざわ。多くの会員の皆さんにご満足をいただけたものと思います。

そんな中で、「家族で来ても受け入れてくれるのでしょうか」との質問があったそうです。「それは、無理です」との返答であったと聞いております。

それはなんぼなんでも無理でしょう。気持ちはよくわかりますがね。

K会長によると、4百数十人の方が勤務されているそうですが、3分の2ほど行ったところの扉を超えて頂上に向かうことができる隊員は限られた数十人だそうで、多くの隊員の方は、頂上まで登ることなく異動してしまうそうです。しかもその扉を超えて頂上に向かうには、1回1回必ず、許可申請をして許可の下りた方だけが頂上へ向かうことができるそうで、機密に関して誠に厳しい制約があるようです。

また、これも聞き伝えによるものですが、山菜取りに入って間違って基地内入ったものなら、すかさず武装した隊員に銃口を向けられるそうです。それは、長沼の会員であるSさんがおっしゃっているのだそうです。つまり、多くの隊員の方があの山一帯を守っているのだそうです。

それはそうでしょう。ミサイルが飛んできたときなどの北海道の制空権を守っているのですから。参加した皆さんは、あの頂上の様子で感じ取ることができたと思います。

それだけ簡単に立ち入ることができない貴重な場所に入れさせていただいたものと思います。

写真については、SNS等にアップが制限されていることでもありますので、何処かわからないような文章表現にしております。

昨日の様子です

     

昨日の第45回ノルディックinいわみざわ。栗沢文化センターでの受付状況です。

ご覧になってください

     

昨日のノルディックinいわみざわにわが同好会最高齢の85歳。〇藤勲さんも元気にカメさん組で頂上の手前1キロメートルのところからウォーキングをはじめ、無事到着しました。

登りはきつかったようですが、帰りの熊ちゃんの車の中で、「長生きしていて良かった」と大変喜んでいただきました。

さて、北海道新聞9月22日の朝刊。8ページのくらし欄に「昭和ヒトケタ世代の戦後75年 読者からの手紙 3空襲と言う体験」に〇藤さんの投稿された記事が掲載されております。「味方の高射砲片でも被害」のタイトルで。

〇藤さんは、昭和10年生まれの熊本県ご出身。昭和19年6月小倉(現北九州市)でのすさまじい空襲体験を書かれております。戦争はダメだ。是非、お読みになってください。

〇藤さんさんは、当初自衛隊に勤務されましたが、その後教員となられ、岩見沢〇高校を最後に退職されました。つい最近まで、美唄の高校等で非常勤として教鞭をとられていたようです。〇藤さんは、サツマイモの大家で故郷の熊本のご兄弟から、サツマイモの苗を取り寄せ、近隣の小・中学校、10数校でサツマイモを栽培して現場教育を今でも実践されております。

熊ちゃんも、毎年苗を分けてもらい、家庭菜園で栽培しております。10月5日ごろが収穫適期と教えていただいておりますので、楽しみにしているところです。

〇藤さんは、2年前だったでしょうか、心臓を手術されましたが、回復してお元気です。元気なうちは同好会の行事に参加してくださると言ってくれております。有り難いです。

エール 3

     

今日の連続テレビ小説「エール」は熊ちゃんにとっては意外な展開でした。

「暁に祈る」の作詞で窮地に立つ、村野鉄男を連れて、福島に帰郷した裕一。久志もどういう訳か福島に帰省しており、驚きました。

裕一が鉄男の「暁に祈る」の作詞がうまくいかないため、鉄男を藤堂先生にめぐり合わせたということのようです。藤堂先生は出征することとを告げ、「出征する自分のためを思って作詞してくれないか」と鉄男に言いました。

軍に、6回も書き直され、首になった鉄男ですが、藤堂先生のこの一言で「暁に祈る」の作詞を完成させたのではないでしょうか。一説によますと、7回目でOKになったとも言われておりますので、この詩が後の大ヒットになるのかもしれません。

鉄男は、藤堂先生の言葉で、「あーあ、あの顔であの声で手柄頼むと妻や子が・・・」と。藤堂先生と、妻の晶子と幼い息子のことを思って作詞をしたのではないかと思います。

そして、福島三羽烏で大ヒットにつながるのでしょう。

エール第1回の放送で、鉄男が藤堂先生のの墓前で、「あの裕一が、オリンピックマーチを作曲しました」とラジオをもって墓前に報告していました。つまり56年前の昭和39年のオリンピックの開会式に藤堂先生はすでに他界されていたと言うことです。

藤堂先生はおそらく戦死していたのではないかと想像しております。それだったらむごいし悲しい。

明日、25日は金曜日ですので、どんな展開になるのでしょうか?

管理者からは酒を飲んで、ブログに触ることのないようにと注意を受けておりますが、お陰様で、天候にも恵まれ、第45回ノルディックinいわみざわが、うまくいったものですから、ビールを買ってきて飲みましたので、悪しからず。

「がんがん行きますか」はないよな

     

先ほどの投稿で、「下から、がんがん行きますか」と書きましたがは 『それはないよな』 です。

どちらかと言うとノルディックinいわみざわは、車で短い距離の方をフォローしたりしていたものですから、フルコースを歩く機会が少なかったもので、そんな書き方をしましたが、いつもの百年記念塔やバラ公園などでは、這ってでも、ずってでも帰ってくることができるかもしれませんが、馬追丘陵で迷い込んだら大変です。

標高差170メートル。往復5.7キロメートル。途中でお話をしていたものの、声が聞こえなくなるぐらい厳しいところもあるとのことです。最初からスピードを上げず、ゆっくりとと進んでいくことが大切かもしれません。

やっぱりスイーパーで最後を守っていくことにしますか。何より事故のないようにしなければなりませんので。

準備は整ったかな

     

さてと、準備は整ったかな。朝起きて確認しました。いつものノルディックinいわみざわと違い、かなり気を使っております。

昨日、スポーツ障害保険を掛けました。出席確認と500円の会費をいただく受付名簿。体温を測り、咳・倦怠感の有無を記載するチェックリストも作りました(市のガイドラインでは一人一人の個票ですが、全員がわかる一覧表に加工して作成)。車に乗る配車もできました。非接触型体温計、フェイスシールド、消毒薬、チューウインガムもOKです。

車借り上げのガソリン代も些少ですが6台分用意しました。会費の釣銭用として500円硬貨を6枚用意しました。年会費を預かってこられる方もいるかもしれませんので念のため領収書を持っていくことにしましょう。

この間も念のためと持って行ったマスク。お二人の方が忘れたのことでしたので、今回も3枚ほど持っていくことにしますか。そして予備のポールも。たまに忘れてくる方がいらっしゃいます。

いつもサンデーノルディックウォーキングの際にも持参しているアスファルトパット、新しい健康ポイントカードも念のため。

それに、ネームプレート。出席される方の分を確認しましたら、1個足りません。恐らく前回お持ち帰りになったのでしょう(たまにあります)。その方の分も作りました。

昨晩、お礼のための手土産も用意しました。

カメラは海洋センターのカメラを借りることにしていますので、Hさんに持ってきてもらいます。同好会専用のSDカードも忘れずに持っていかなければなりません。

熊ちゃんの車にも乗っていただきますので、昨日洗車をしておきました。

こんなとところですが手抜かりはないと思います。

正午過ぎに受付のため文化センター向かいます。文化センターでお待ちしております。0:45分出発です。

マイクロバスの誘導については会長に乗っていただくことにしていますので、熊ちゃんは下からガンガン行きますか。

なお、今日は事務局だけの写真撮影が許されておりますが、SNS等へのアップは厳禁ですのでこのホームページに投稿することはありませんので悪しからず。記念誌への掲載は許されております。

どうやら素晴らしい天気恵まれそうです。楽しみにしていきましょう!事故のないように気を付けて。

トイレ 大丈夫です

     

明日の第45回ノルディックinいわみざわで「トイレは使用させてくれるのかしら」との質問を受けました。

確かに、往復2時間はかかると思いますので心配になります。

そこで、先ほど、長沼分屯基地に電話で確認をしました。

「ご利用いただけます」との回答をいただきましたのでご安心ください。

ちょっと 勘違いしていたかな

     

岩見沢市が行う健康ポイントの関係です。

4月1日から、1,000円の商品券の交換に必要な健康ポイントが50ポイントから100ポイントに変わったのはご承知のとおりです。

9月30日までは経過処置として、50ポイントで商品券と交換が可能です。10月1日からの交換はすべて100ポイントが必要となります。

春先にご説明したときには、10月1日からは、全面的に新カード(ピンク)を使うことになると説明していたところですが、広報9月号に「これまでたまったポイントは10月以降も有効です(これはその通り)。緑色のカードは50ポイントたまるまで使うことができます」と記されています。これまでの認識は、10月1日以降はすべて新しいカードに交換で、例えば、古い緑色のカードに25ポイントたまっており、新しいピンクのカードが75ポイントたまったら、両方を持ち込み、100ポイントになりますので、商品券と変えてもらうと思い込んでおりました(もちろん、これで問題なし)。つまり、10月1日以降は、古いポイントカードの押印はないものと思っておりました。

健康づくり推進課に確認しました。

「10月1日以降も古い緑色のカードを満杯になるまで使用可能です」とのことです。間違って解釈をしておりました。

加えて、例えば40枚たまった古いポイントカードを市に持ち込み、新しいカードに40ポイント押印してもらって、引き続き使用することも可能だもと教えていただきました。

明日と27日のサンデーノルディックウォーキングできちんと説明をしたと思います。

エール 3

     

連続テレビ小説「エール」。先週から再開されました。

今週から、いよいよ戦時色が濃くなってきました。昨日の「露営の歌」では、自宅で新聞を見てすぐ作曲したというストリーでしたが、実際には、九州か中国地方から列車で東京に帰る際に、偶然新聞に掲載されていた詩を見つけ、東京に帰る列車の中で、アッという間に曲を書いたというのが史実ではないかと思います。

福島三羽烏の「暁に祈る」が今日と明日で背景がわかるのでしょうか。作詞家野村俊夫役の村野鉄男の詞に軍部から何回も書き直させられ、「あーあ」という溜息が、冒頭の詩になったと言われているが本当にそうなるのでしょうか?楽しみです。

古関裕而は、この「暁に祈る」を『もっとも大衆に愛された会心の曲」と言わしめたそうです。

コロナの関係で、中断する前のドラマの中で、古関裕而役の裕一の弟である浩二が呉服屋「喜多一」の店をたたみ、役場の農業推進係として、養蚕農家にリンゴの栽培を説得に通うところが放送されました。

リンゴと言えば、長野県、青森県、北海道と言ったところが産地だと思いますが、福島県のリンゴもおいしい。もしかしたら、浩二が福島のリンゴの産地を作ったのではないか?そんな思いをして放送を見ておりました。

と言いますのは、家内の弟の嫁さんが福島出身で、いつも12月になると、義弟から福島産のリンゴを送ってくれます。これが何ともおいしんです。品種にもよるとは思うですが。

あの福島原発の事故の時、放射能の関係で、今年は、福島のリンゴはダメだなあと思っておりましたが、当時の佐藤福島県知事の顔写真入りのコメントが入っており、「このリンゴの放射線汚染はないのでご安心してお召し上がり下さい」と添えらえておりました。

12月のリンゴを送ってもらいたいために、アスパラ、メロン、お米をせっせと送っております。

古関裕而の弟が福島のリンゴの産地を形成したか否かの確認方法はあるかな。

この項の「エール」はノルディックとは全く関係なしです。